かつて人形に対して感じたこと

「人形を作ろう」と思って作っていないせいか、
時々「人形ってなんだろう」と思う。
自分自身がいわゆる『人形大好き!』ではないからかもしれないけど、
なかなか難しいものと感じる。


人の形をした立体は、フィギュアから入った。
決してうまくは作れなかったけど、
好きなキャラを好きなポーズで作るのは楽しかった。

その後、本物のQ版ほしさに、
似たようなものを手におえる素材で作ってみようと布に手を出した。

人の形だし、と「布人形」で検索すると、
ご親切に型紙まで公開してくれているサイトが見つかって、
さっそく作り始めたんだけど…

作っていて、フィギュアの時にはなかった居心地の悪さを感じたり。
なんていうか、自分の汚い部分がそっくりそのまま人形に移っていくような…

作っている自分は、決して聖人君子なんかじゃないわけで、
それなりに醜い部分も持っている。

そういう醜い人間が、何かきれいなものを作ろうとすること自体、
大いなる間違いなんじゃないだろうか、とそういう気分になってくるのだ。
汚い人間が作ったものは、たとえ表面上きれいに整えられてても、
本当にきれいなわけじゃない、とでもいうような。

何でそう思うのかはわからない。
また、なんで同じ人の形でありながら、フィギュアにはそれを感じないのかもわからない。
わからないけど、しつこくそういう感覚に襲われてた。


フィギュアと人形は、似てるけど少し違うのかもしれない。

フィギュアの場合、好きなキャラをどう再現するかが大事であり、
そのため、内面的なものより技術的なものの方が制作の鍵となる。
常に、次の作業をどう進めるか、脳内でシュミレーションしているような…

人形は、というか自分が初めて作ったような布人形は、
ちまちま時間をかけて縫っていく間、作業が単調だからこそ、
うっかり自分の内面と向き合ってしまったりして、
複雑な気分を味わうことになるのかも。


ちなみに今は、もう何にも感じない。
自作を布フィギュアと割り切って考えているせいか、
はたまた、単純に感覚がマヒしてきているのか。

ま、あまり余計なことで悩みたくはないし、
感じないならそれはそれで、だけどね。
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